急展開するB型肝炎ウイルスとその現状―輸血によるHBV感染は本当?それとも冤罪

B型肝炎ウイルス(HBV)は発見されて40年にもなるが, 現在も世界中に4億人の感染者が存在し依然として公衆衛生上大きな問題である. 近年HBVの遺伝子型(genotype)の存在が確認され, さらにそのgenotypeの臨床的意義が明らかになり, 本邦におけるHBVそのものの概念が大きく変化した. 我々は1988年当時塩基配列が判明していた全てのHepadna virusの塩基配列を用いて塩基配列の違いを定量的に推定することが可能な分子進化学的な解析を行い, HBVの遺伝子変異速度が, ヒトのそれと比較すると約一万倍も速いこと, その結果, HBVは塩基配列に基づく分類(遺伝子型:genot...

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Published in日本輸血細胞治療学会誌 Vol. 56; no. 3; pp. 403 - 404
Main Author 溝上雅史
Format Journal Article
LanguageJapanese
Published 日本輸血・細胞治療学会 09.07.2010
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ISSN1881-3011

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Summary:B型肝炎ウイルス(HBV)は発見されて40年にもなるが, 現在も世界中に4億人の感染者が存在し依然として公衆衛生上大きな問題である. 近年HBVの遺伝子型(genotype)の存在が確認され, さらにそのgenotypeの臨床的意義が明らかになり, 本邦におけるHBVそのものの概念が大きく変化した. 我々は1988年当時塩基配列が判明していた全てのHepadna virusの塩基配列を用いて塩基配列の違いを定量的に推定することが可能な分子進化学的な解析を行い, HBVの遺伝子変異速度が, ヒトのそれと比較すると約一万倍も速いこと, その結果, HBVは塩基配列に基づく分類(遺伝子型:genotype)に分類出来ることを提唱した. 現在ではA~Jの10のgenotypeが世界中で確認されている. さらに, 我々はこれらのHBV genotypeの世界的分布を世界中から約3,000検体を集め検討したところ, 欧米はAとD, アジアはBとC, 東アフリカはAとD, 西アフリカはE, 北アフリカはD, 南米はF, 中米はHというように, 地域によりgenotypeが異なっていることを明らかにした. これは約500万年前にヒトがチンパンジーと分岐後ホモサピエンスに進化し, この約20万年かけて世界各地に拡散していく途中で各々の地域にHBVが適応した結果と思われる. その結果現在各々のgenotype間の塩基配列の違いは約8%以上にもなり, ヒトとチンパンジーのそれの違いの約5倍にも達している. 一方, 同じHBV感染症であっても世界的に臨床像が違っていることは以前から知られていた. 例えば, アジアではHBVは母児感染で感染し慢性化する肝癌は多いのに対し, 欧米では成人の性感染症として感染し約10%の人が慢性化する肝癌は少ない. 一方アフリカでは小児期のHBV感染が高率に慢性化し, さらに若年の肝癌が多いという臨床的差異が地域的に存在していた. そして, これら臨床像の違いは, 従来白人, 黒人, 黄色人種というように宿主のまたそれらの免疫能の違いで説明されていた. しかしながら, 先に述べたように各々のHBV genotype間の塩基配列が8%も異なるとなるとgenotypeの塩基配列そのものの違いが臨床像の違いを反映していると考えるほうが納得しやすく, 現在ではgenotypeの違いが臨床像の違いを反映していると考えられ, その違いを見つけだす世界的競争のまっただ中にある. 一方, 本邦においても国際化は留まるところを知らず, 約1500万人も海外に出国し, 約700万人も海外から来日する状態である. その結果, 本来存在しないgenotypeが流入し, 異なるgenotypeに感染し, 約10%といえども慢性化すれば, それらの人が核になり本来日本には存在しないgenotypeのHBV感染を拡げることになると考えられる. 事実, 外国人女性から日本人男性に感染し, この日本人男性から日本人女性に感染させた症例も報告されている. これらの事実は現在本邦のHBV感染予防の主流である母児感染予防対策だけではHBVの感染予防は不十分で, 新生児全員へのHBVワクチン投与, いわゆるuniversal vaccinationも考慮する必要があることを示しているし, 欧米型のgenotypeのことを考えるとHBVもSTDとして認識する必要があることも示しているし, そうなると中学生へのHBVワクチン投与も考慮する必要があることになる. さらに, HBVの各種ウイルスマーカーはPCR法を主とした測定法が格段と向上したことにより, 以前ならHBVは完全に治癒したと診断されていたHBs抗原陰性且つHBs抗体陽性例でも, ある条件下ではHBsAg陽性に容易に再活性化(Reactivation)すること, さらにHBs抗原陰性且つHBs抗体陽性例でも輸血で感染する可能性も考えられる. 以上のように, HBVの臨床的概念はこの数年で大きく変化してきたので, これらの現状について概説する予定である.
ISSN:1881-3011