「心臓」と私

「心臓」の巻頭言を書くということは大変名誉なことである. 実は私が最初に論文らしいものを書いたのが「心臓」である(洞不全症候群を合併したfabry病の1例. 心臓1993; 25:539-543). 勤勉にほど遠い学生生活と研修医時代を過ごしたお陰で, 1988年に学部を卒業して循環器学会の地方会で症例発表をしたのは1992年とすでに卒後4年目であった. 最近は内科学会地方会などに学生のセッションがあったりする時代で, 優秀な連中はどんどん早く経験を積んでいるが, 昭和から平成になろうとするその時代でも私ほどのんびりしていたものはそうはいなかったと思う. ただ, 発表に恵まれた症例はFabry...

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Published inShinzo Vol. 49; no. 10; p. 991
Main Author 絹川, 弘一郎
Format Journal Article
LanguageJapanese
Published 公益財団法人 日本心臓財団 15.10.2017
日本心臓財団・日本循環器学会
Japan Heart Foundation
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ISSN0586-4488
2186-3016
DOI10.11281/shinzo.49.991

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Summary:「心臓」の巻頭言を書くということは大変名誉なことである. 実は私が最初に論文らしいものを書いたのが「心臓」である(洞不全症候群を合併したfabry病の1例. 心臓1993; 25:539-543). 勤勉にほど遠い学生生活と研修医時代を過ごしたお陰で, 1988年に学部を卒業して循環器学会の地方会で症例発表をしたのは1992年とすでに卒後4年目であった. 最近は内科学会地方会などに学生のセッションがあったりする時代で, 優秀な連中はどんどん早く経験を積んでいるが, 昭和から平成になろうとするその時代でも私ほどのんびりしていたものはそうはいなかったと思う. ただ, 発表に恵まれた症例はFabry病という難病であった.
ISSN:0586-4488
2186-3016
DOI:10.11281/shinzo.49.991