認知症の表現型を説明する遺伝子解析の試み

アルツハイマー病が認知症の1 病型として報告されてから100 年になる。この100 年の間に我々は人類史上もっとも短期間に長寿を手に入れた。依然として高い乳児死亡率(11%〜16%)であるアフリカ諸国も、若年死亡率の低下に伴って平均寿命がのびている。食料の確保、乳児死亡率の低下、抗生物質等の化学療法、外科手術の進歩等によって多くの病気を克服して急激な超高齢社会に突入した今日、長寿と引き換えに、これまで経験したことがない病気に直面している。発展途上国の平均寿命が急速に伸びて世界が高齢社会に向かうなかで、現在3560 万人の認知症が20年後に6000 万人、2050年には1 億1500 万人に達し...

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Published in認知神経科学 Vol. 15; no. 2; p. 104
Main Author 桑野, 良三
Format Journal Article
LanguageJapanese
Published 認知神経科学会 2013
Japanese Society of Cognitive Neuroscience
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ISSN1344-4298
1884-510X
DOI10.11253/ninchishinkeikagaku.15.104

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Summary:アルツハイマー病が認知症の1 病型として報告されてから100 年になる。この100 年の間に我々は人類史上もっとも短期間に長寿を手に入れた。依然として高い乳児死亡率(11%〜16%)であるアフリカ諸国も、若年死亡率の低下に伴って平均寿命がのびている。食料の確保、乳児死亡率の低下、抗生物質等の化学療法、外科手術の進歩等によって多くの病気を克服して急激な超高齢社会に突入した今日、長寿と引き換えに、これまで経験したことがない病気に直面している。発展途上国の平均寿命が急速に伸びて世界が高齢社会に向かうなかで、現在3560 万人の認知症が20年後に6000 万人、2050年には1 億1500 万人に達し、40年間にヨーロッパの人口に相当する6 億8000 万人が認知症になると推測されている。年間770 万人(4 秒に一人)が発症する計算となる。その認知症の3 分の2 を占めるアルツハイマー病は、ありふれた高齢者疾患の中で最も治療満足度が低くアンメットニーズがもっとも高い疾患である。有病率、罹病率共に70 歳を超えると著しく増加するので、アルツハイマー病の最大発症リスクは加齢である。しかし、高齢者全員が発病するわけではなく、認知症も罹りやすい家系があって、両親から引き継いだ個人ゲノムの多様性がベースにあると考えられている。スエーデンの大規模双子研究からアルツハイマー病の遺伝率は58-79%と推定されている。家族内発症の濃厚な家系を中心に行われた連鎖解析研究によって、常染色体優性遺伝の原因遺伝子が同定された。フランス西部のルアン市の調査によると、若年で発症する常染色体優性遺伝のアルツハイマー病は、43万人に5. 3人と少ない。興味深いことに多くの脳疾患には家族性と孤発性が知られており、それらの臨床病型や病理所見の表現型が同じであることから、家族性アルツハイマー病原因遺伝子の解析を通して、発症病態の分子機構の解明が進んだ。民族を超えたリスク遺伝子としてAPOE が認められているが、APOE で説明できるのは20%程度とされ、大多数を占める孤発性アルツハイマー病については未解明の分子が存在する。全ゲノム網羅的リスク遺伝子解析が2000 年代はじめに次々に行われたが、APOE に相当するリスク遺伝子は見つかってない。残るリスク遺伝子探索は、次世代シークエンサーを利用するパーソナルゲノム解析の新しい段階に入った。変性性認知症のアルツハイマー病、レビー小体病、前頭側頭葉型認知症、認知症を伴うパーキンソン病は、それぞれの表現型(病気)に遺伝型が1 対1 に対応する独立峰(富士山)なのか、あるいは遺伝型を一部共有(連山)して、特徴のある表現型(穂高とか槍ヶ岳とか)を示すのか興味深い課題である。
ISSN:1344-4298
1884-510X
DOI:10.11253/ninchishinkeikagaku.15.104