液体Siの超過冷却状態において生じる準安定相間の一次相転移

液体は温度を融点よりも下げると固化する.ガラスのように,液体中の原子の並び方を保ったまま固化する物質もあるが,大半の物質は原子配列の整った結晶に変わる.一方,融点以下でも固化せず液体状態を維持する物質が数多く存在する.融点以下の液体は過冷却液体と呼ばれる.過冷却液体は興味深い物理現象が起きうる,多くの可能性を秘めた状態として注目され,これまで数多くの研究が行われてきた.液体シリコン(Si)は条件が整えば融点(1,687 K)から数百K過冷しても固化しない液体として知られている.液体Siは金属であるが,1979年にAptekarは,熱力学的考察によって,液体Siを深く過冷させると一次相転移を経て...

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Published in日本物理学会誌 Vol. 78; no. 2; pp. 85 - 90
Main Author 岡田, 純平
Format Journal Article
LanguageJapanese
Published 一般社団法人 日本物理学会 05.02.2023
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ISSN0029-0181
2423-8872
DOI10.11316/butsuri.78.2_85

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Summary:液体は温度を融点よりも下げると固化する.ガラスのように,液体中の原子の並び方を保ったまま固化する物質もあるが,大半の物質は原子配列の整った結晶に変わる.一方,融点以下でも固化せず液体状態を維持する物質が数多く存在する.融点以下の液体は過冷却液体と呼ばれる.過冷却液体は興味深い物理現象が起きうる,多くの可能性を秘めた状態として注目され,これまで数多くの研究が行われてきた.液体シリコン(Si)は条件が整えば融点(1,687 K)から数百K過冷しても固化しない液体として知られている.液体Siは金属であるが,1979年にAptekarは,熱力学的考察によって,液体Siを深く過冷させると一次相転移を経て半導体の非晶質Siが生じることを予想した.またTurnbullらは,液体Siを約1,440 K以下に過冷させると,一次相転移を経てアモルファスSiが形成される可能性を指摘した(液体–アモルファス相転移).一方,これまで報告されてきた液体Siに関する理論研究の多くは,液体Siを深く過冷させると液体–液体相転移が生じることを予想しており,Ganeshらは配位数約6の金属液体Siから,状態密度に深い擬ギャップを持つ配位数約4の半導体的な低密度液体Siが出現すると予想している.しかし,これまで行われた実験では,過冷却状態にある液体Siから非晶質Siへの相転移が観測されたことはなく,液体Siを過冷させるとどのような相転移が生じるのか,実験的に解明されていなかった.近年,液体を保持する際に容器を必要としない,浮遊法と呼ばれる技術が発達してきた.浮遊法を用いれば高温の液体を安定に保持でき,さらに過冷却液体の実験も可能になる.我々は,静電気を用いて試料を浮遊保持する「静電浮遊法」を用いて,液体Siの研究に取り組んできた.静電浮遊法を用いて液体Siを過冷却させる実験を行ったところ,約1,330 Kまで過冷した時点で,液体Siから潜熱の発生を伴ってアモルファスSiが形成され,さらにアモルファスSiが形成された直後に,約1,480 Kで30ミリ秒間,アモルファスSiの融解現象が観測された.この結果は,過冷却液体Siから半導体の非晶質Siへの相転移を実験的に初めて示したものである.通常は,アモルファスSiを加熱すると結晶化温度で熱力学的に安定な結晶Siへ相転移するため,アモルファスSiの融解現象が観測されることはない.アモルファスSiが1,480 Kで融解するということは,アモルファスSiと過冷却液体Siの間に一次相転移の関係があり,過冷却液体SiからアモルファスSiが成長することを示す.どのようなメカニズムによって過冷却液体SiからアモルファスSiが形成されるのか,そして,アモルファスSiの融解とはどのような現象であるのか,今後の研究による解明が待たれる.
ISSN:0029-0181
2423-8872
DOI:10.11316/butsuri.78.2_85