超重元素の化学――シングルアトムにもとづく極限化学への挑戦
元素周期表は,化学に携わる者にとって「地図」に等しい.周期表はどこまで続くのか? 周期表上で原子番号の上限に位置する重い元素は,いったいどのような化学的性質をもつのか? 第7周期が完成し,第8周期に踏み出そうとしている今,その興味は一層高まっている.「地図」として,元素周期表が元素の化学的性質の推測の道標となることができるのは,原子番号の変化に伴って原子構造が周期的に変化するからである.この周期性によって周期律がもたらされる.では,周期律はどこまで成り立つのか? この疑問には,まだ誰もはっきりと答えることができない.原子番号が大きくなるにつれ,相対論効果が原子番号の二乗とともに増大するため,原...
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Published in | 日本物理学会誌 Vol. 78; no. 2; pp. 64 - 72 |
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Main Authors | , |
Format | Journal Article |
Language | Japanese |
Published |
一般社団法人 日本物理学会
05.02.2023
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ISSN | 0029-0181 2423-8872 |
DOI | 10.11316/butsuri.78.2_64 |
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Summary: | 元素周期表は,化学に携わる者にとって「地図」に等しい.周期表はどこまで続くのか? 周期表上で原子番号の上限に位置する重い元素は,いったいどのような化学的性質をもつのか? 第7周期が完成し,第8周期に踏み出そうとしている今,その興味は一層高まっている.「地図」として,元素周期表が元素の化学的性質の推測の道標となることができるのは,原子番号の変化に伴って原子構造が周期的に変化するからである.この周期性によって周期律がもたらされる.では,周期律はどこまで成り立つのか? この疑問には,まだ誰もはっきりと答えることができない.原子番号が大きくなるにつれ,相対論効果が原子番号の二乗とともに増大するため,原子構造が周期的な変化からずれる可能性が指摘されている.すなわち,周期律の成立そのものに疑義が生ずることとなる.つまるところ,「地図」が正しいかどうかは,冒険者が行って確かめてくるしかない.行く手には困難がある.原子番号が100を超えれば,重イオン核反応を用いないと目的の元素は手に入らない.目的元素を合成するには,天然に存在しない超ウラン元素を標的に使用する必要がある.生成量は極めて少ない.合成した同位体はすべて短寿命であり,数分ないし数十秒,場合によっては1秒以下で崩壊してしまう.つまり,研究者が化学研究のために扱えるのは,いつ手元にやってくるかわからない一度に一個の原子しかない.化学実験に漕ぎつけても,多数の原子の取り扱いを前提とした質量作用の法則は成り立たず,しかもごく短い制限時間のおまけまでついてくる.近年,超重元素の化学的性質の研究には様々な進展があった.そこには,日本の研究グループの貢献が著しい.日独を主軸とする国際共同研究チームによって,化学分析の前段に電磁気的な分離装置を導入することで,超重元素では初めて揮発性有機金属錯体の合成に成功した.合成した106番元素シーボーギウム(Sg)のカルボニル錯体は,同族元素のモリブデン(Mo)やタングステン(W)とよく似た揮発性を示し,6族元素として振る舞うことが確かめられた.105番元素ドブニウム(Db)では,酸化塩化物について同族元素のニオブ(Nb)やタンタル(Ta)との比較が行われ,元素間の揮発性の序列が明らかとなった.この結果は,Db分子への強い相対論効果の影響を示唆するものだった.さらに104番元素ラザホージウム(Rf)では,単一の原子に沈殿をつくらせるという大胆な発想のもと,共沈挙動の観測が行われた.103番元素ローレンシウム(Lr)に至っては,第一イオン化エネルギー測定によって初めて原子構造の実験的推定がもたらされ,周期表の予想と異なることが強く示唆された.この成果は,IUPAC(国際純正・応用化学連合)に周期表の構造の見直しのきっかけを与えた.続いて100番元素フェルミウム(Fm)から102番元素ノーベリウム(No)までの系統的な第一イオン化エネルギー測定が行われ,アクチノイド系列が実験的に確立された.新しいアプローチが続々と導入され,超重元素化学研究は今や新しい世代に突入した.周期表のフロンティアの開拓は着実に進んでいる. |
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ISSN: | 0029-0181 2423-8872 |
DOI: | 10.11316/butsuri.78.2_64 |