高強度レーザー場中の原子・分子の実時間第一原理シミュレーション
高強度のフェムト秒レーザーパルスを原子や分子に照射すると,摂動論では取り扱うことができない非線形光学効果が起こる.光子エネルギーがイオン化ポテンシャルより小さくても光が十分強ければ多光子イオン化が起こるが,強度が~1013 W/cm2を超えると,原子・分子はさらに必要以上の光子を吸収してイオン化する(超閾イオン化,above-threshold ionization).1014 W/cm2以上の強度では,レーザー場でゆがめられたクーロンポテンシャルの壁を電子がトンネル効果で抜けることでイオン化する(トンネルイオン化).また,このような高強度のレーザーに照射された原子・分子からは,その数十倍以上...
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| Published in | 日本物理学会誌 Vol. 74; no. 1; pp. 40 - 45 |
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| Main Authors | , |
| Format | Journal Article |
| Language | Japanese |
| Published |
一般社団法人 日本物理学会
05.01.2019
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| ISSN | 0029-0181 2423-8872 |
| DOI | 10.11316/butsuri.74.1_40 |
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| Summary: | 高強度のフェムト秒レーザーパルスを原子や分子に照射すると,摂動論では取り扱うことができない非線形光学効果が起こる.光子エネルギーがイオン化ポテンシャルより小さくても光が十分強ければ多光子イオン化が起こるが,強度が~1013 W/cm2を超えると,原子・分子はさらに必要以上の光子を吸収してイオン化する(超閾イオン化,above-threshold ionization).1014 W/cm2以上の強度では,レーザー場でゆがめられたクーロンポテンシャルの壁を電子がトンネル効果で抜けることでイオン化する(トンネルイオン化).また,このような高強度のレーザーに照射された原子・分子からは,その数十倍以上もの周波数を持つ高次高調波が発生する.高次高調波を使ってアト秒光パルスを発生することができ,物質中電子の超高速運動を観測したり制御したりすることを目指すアト秒科学の発展につながっている.これらの高強度場現象を数値シミュレーションするにはどうすればよいであろうか.基底状態については,量子化学計算コードを使って,数十・数百もの電子を含む大規模な系の電子状態を求めることが可能になっている.これとは対照的に,高強度レーザー場における多電子系のダイナミクスの実時間シミュレーションは発展途上である.イオン化を取り扱うために必要となる大きな空間領域や,基底状態よりも顕著に現れる電子相関といった困難を乗り越えるため,新しい理論の開発が盛んに進められている.このような状況の中,我々は,多配置展開に基づいて高強度場現象を第一原理シミュレーションする計算手法(時間依存多配置自己無撞着場法)を開発することに成功した.この方法では,1電子関数であるスピン軌道から構成した様々な電子配置(スレーター行列式)の線形結合として,全電子波動関数を表現する.複数の電子配置を用いることで電子相関を記述でき,展開係数だけでなくスピン軌道も時間変化させることで,比較的少ない数のスピン軌道で強レーザー場中での励起やイオン化を高精度に追跡することができる.深い軌道に対応し常に2つの電子に占有されているコア軌道と様々な電子の詰め方を考慮するアクティブ軌道に分類することで,精度を犠牲にすることなく計算に必要な電子配置の数を大幅に減らすことができるようになった.軌道の数や分類を変えたり一部のコア軌道を凍結したりすることで,計算の精度を系統的に制御でき,また,現象のメカニズムについての物理的な洞察を得ることもできる.いくつかの具体的な計算例をあげると,例えば,36電子系であるKrからの高次高調波発生を定量的に計算した.また,電子相関が関与する高強度場現象の代表例であるHeやNeの非逐次2重イオン化を第一原理的に再現した.これらはいずれも,実際に実験で用いられる標的原子である.さらに,一次元モデル原子でのシミュレーションではあるものの,通常は一電子過程ととらえられている高次高調波発生において,電子相関がそのスペクトルに定性的な変化をもたらすことを予言する結果も得ている.我々は,電子だけでなく核の量子ダイナミクスもシミュレーションする手法や,多配置展開ではなく結合クラスター理論の時間依存版の開発にも成功している.多くのすぐれた手法が開発され,「第一原理高強度場物理」が花開くことを夢見ている. |
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| ISSN: | 0029-0181 2423-8872 |
| DOI: | 10.11316/butsuri.74.1_40 |