行動経済学と医療安全 行動変容を支援する新たなアプローチ

医療安全の目的は,予防可能な患者への危害をなくし,医療に伴う不必要な危害のリスクを許容可能な最小限まで低減することであるが,一方で,ヒトが持つボトルネックの存在ゆえ,ただ厳格なルールを現場に強要しても,医療現場を行動変容に導き,医療事故を回避することは難しい。医療における患者の行動変容を支援する手法として,近年,行動経済学/ナッジの概念の有効性が議論されている。ナッジは,人々の選択の自由を尊重しつつ,環境や選択肢を工夫して自然な行動変容を促す手法であるが,患者の医療への適切な動機付けを主眼とした行動経済学は「医療行動経済学」と呼ばれている。一方で,医療安全の視点から,行動経済学を医療安全に適用...

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Published in医療と社会 Vol. 35; no. 1; pp. 35 - 48
Main Author 辰巳, 陽一
Format Journal Article
LanguageJapanese
Published 公益財団法人 医療科学研究所 28.04.2025
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ISSN0916-9202
1883-4477
DOI10.4091/iken.35-35

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Summary:医療安全の目的は,予防可能な患者への危害をなくし,医療に伴う不必要な危害のリスクを許容可能な最小限まで低減することであるが,一方で,ヒトが持つボトルネックの存在ゆえ,ただ厳格なルールを現場に強要しても,医療現場を行動変容に導き,医療事故を回避することは難しい。医療における患者の行動変容を支援する手法として,近年,行動経済学/ナッジの概念の有効性が議論されている。ナッジは,人々の選択の自由を尊重しつつ,環境や選択肢を工夫して自然な行動変容を促す手法であるが,患者の医療への適切な動機付けを主眼とした行動経済学は「医療行動経済学」と呼ばれている。一方で,医療安全の視点から,行動経済学を医療安全に適用する場合には,現場の意思決定の特性を考慮したアプローチを選択し,医療者の適切な医療安全活動への行動変容を目的とするため,安全のルールを強制する「古典的医療安全管理」に対して,本稿では,「行動医療安全学」と呼ぶこととする。行動経済学の実践的なアプローチであるナッジの例として,「デフォルト設定」「コミットメント」「社会的比較」「損失フレーム」などが知られているが,今後,AIやICTを活用し,ナッジの効果をさらに高める可能性が示唆されている。行動経済学の理論は,医療安全の課題を解決するための強力なツールとなり得ると考えられるが,本稿では,医療現場の特性に応じた適切なナッジ介入の設計が,医療の質と安全性を向上させる鍵となること議論したい。
ISSN:0916-9202
1883-4477
DOI:10.4091/iken.35-35