比較対応の幻想 ギリシア語-μᾱν,ヒッタイト語-(ḫ)ḫaḫat(i),リュキア語-χagã

ギリシア語-μᾱν,ヒッタイト語-(ḫ)ḫaḫat(i),リュキア語-χagãという1人称単数中・受動態過去語尾は一見したところ規則的に対応し,基本語尾*-h2eが反復した*-h2eh2eという祖形に遡るように思える。しかしながら,これらの3つはそれぞれの言語内部の歴史のなかで二次的につくられた形式である。その理由はつぎのとおりである。基本語尾*-h2eが反復される形態変化は後期ヒッタイト語の時期に顕著にみられるが,反復語尾だけでなく非反復語尾も存続しており,両者のあいだには機能的差異がない。もし印欧祖語やアナトリア祖語の時期に反復語尾がつくられていたと想定するなら,数千年もしくは1千年以上に...

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Published in言語研究 Vol. 140; pp. 1 - 22
Main Author 吉田, 和彦
Format Journal Article
LanguageJapanese
Published 日本言語学会 2011
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ISSN0024-3914
2185-6710
DOI10.11435/gengo.140.0_1

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Summary:ギリシア語-μᾱν,ヒッタイト語-(ḫ)ḫaḫat(i),リュキア語-χagãという1人称単数中・受動態過去語尾は一見したところ規則的に対応し,基本語尾*-h2eが反復した*-h2eh2eという祖形に遡るように思える。しかしながら,これらの3つはそれぞれの言語内部の歴史のなかで二次的につくられた形式である。その理由はつぎのとおりである。基本語尾*-h2eが反復される形態変化は後期ヒッタイト語の時期に顕著にみられるが,反復語尾だけでなく非反復語尾も存続しており,両者のあいだには機能的差異がない。もし印欧祖語やアナトリア祖語の時期に反復語尾がつくられていたと想定するなら,数千年もしくは1千年以上にわたって反復語尾と非反復語尾が自由変異の関係にあったことになる。このようなきわめて進行速度の遅い言語変化を考えることはできない。比較方法が祖語の再建という目標に向けてもっとも有効な方法であることはいうまでもない。しかし,同時にその限界を認識することは重要である。
ISSN:0024-3914
2185-6710
DOI:10.11435/gengo.140.0_1