構造化された光(Structured Light)が拓く物質科学――基礎から応用まで
レーザーの分野では,これまで平面状の等位相面(波面)を描きながら空間伝播するガウスモードが,当然のように使用されてきた.ところが,近年のレーザー技術の進展により,光の波面あるいは偏光などが空間的に自在に制御できるようになった.その結果,ガウスモードとは一線を画する空間モードである「構造化された光(Structured Light)」が誕生した.Structured Lightの代表例の一つが光渦である.光渦の波面は連続的な螺旋を描く.そして,光渦は偏光に依存しない螺旋波面に由来する軌道角運動量を示す.円偏光が螺旋電場に由来するスピン角運動量を持つことは古くから知られているが,スピン角運動量には...
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Published in | 日本物理学会誌 Vol. 80; no. 1; pp. 4 - 10 |
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Main Author | |
Format | Journal Article |
Language | Japanese |
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一般社団法人 日本物理学会
05.01.2025
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ISSN | 0029-0181 2423-8872 |
DOI | 10.11316/butsuri.80.1_4 |
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Summary: | レーザーの分野では,これまで平面状の等位相面(波面)を描きながら空間伝播するガウスモードが,当然のように使用されてきた.ところが,近年のレーザー技術の進展により,光の波面あるいは偏光などが空間的に自在に制御できるようになった.その結果,ガウスモードとは一線を画する空間モードである「構造化された光(Structured Light)」が誕生した.Structured Lightの代表例の一つが光渦である.光渦の波面は連続的な螺旋を描く.そして,光渦は偏光に依存しない螺旋波面に由来する軌道角運動量を示す.円偏光が螺旋電場に由来するスピン角運動量を持つことは古くから知られているが,スピン角運動量には,左回りあるいは右回り,すなわち±1の自由度しかない.これに対して,軌道角運動量には,螺旋波面の捩じれ度に対応した無数の自由度がある.左回りあるいは右回り円偏光によって物質の光吸収が異なる現象を円偏光二色性という.現在に至るまで,円偏光二色性は,物体や現象がその鏡像と重ね合わせることができない性質,すなわち,キラリティーを検出するために広く用いられている.近年の研究でキラル分子が左回りあるいは右回り光渦に対しても異なる吸光度を示すこと(光渦二色性)を示唆する実験が報告された.円偏光二色性だけでは計測しきれない分子のキラリティーを識別する新たな手法として,螺旋波面の捩じれ度という無数の自由度を活用できる光渦二色性が注目を集めている.これまでの常識では,円偏光で物質にキラリティーを発現させることは極めて困難であると考えられてきた.ところが光渦をはじめとするStructured Lightの登場で,この常識が大きく変わろうとしている.事実,光渦を照射すると,物質が捩じれてキラリティーが発現する数多くの新奇物理現象が発見されている.具体例として,顕微鏡下で集光したレーザー光の光圧で分子の凝集体を捕捉して結晶へと成長させる光ピンセット結晶化を取りあげる.光源に円偏光を用いても,通常,右手系あるいは左手系のどちらかの結晶(鏡像体)だけを選択的に作り分けることはできない.ところが,光渦を光源に用いるだけで,作成した結晶の80%が光渦の波面の向きに対応した鏡像体となる.光渦によるキラル結晶化現象は,基礎的な学理の面白さだけではなく,創薬をはじめとする応用展開の可能性がある.磁性体中でスピンが渦状に配向したものを準粒子としてスキルミオンと呼ぶ.近年,スピンを偏光に置き換えた渦状の偏光を持つ光スキルミオンが提案・実証された.光スキルミオンを用いれば,磁気スキルミオンの生成・消滅・輸送などを光操作できるかもしれない.今まさに,Structured Lightの物質科学が開花しようとしている. |
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ISSN: | 0029-0181 2423-8872 |
DOI: | 10.11316/butsuri.80.1_4 |