顎関節症を有する不正咬合患者の鑑別診断と治療体系の確立

最近の歯科矯正臨床において, 顎関節症を伴う不正咬合患者の数が増加している. 当教室の顎関節症研究グループは, 一般不正咬合患者群と顎変形症群について顎関節症の発現頻度, 顎関節病態, 顎顔面形態, 咬合状態などに関する一連の検討を行ってきた. その結果, 1)顎関節症の発現頻度は, 全患者群で約11%, 顎変形症群では約57%となり, 後者の値がかなり大きい, 2)軽度の顎関節内障, すなわち復位性円板前方転位症例では下顎頭の後方偏位が明らかとなったが, 病態が進んだ円板転位の著しい症例では円板や下顎頭の変形を伴うことが多くなる一方で下顎頭は中央位を占める, 3)一般不正咬合患者群, 顎変形...

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Published in日本顎変形症学会雑誌 Vol. 6; no. 2; p. 215
Main Author 丹根一夫
Format Journal Article
LanguageJapanese
Published 日本顎変形症学会 31.10.1996
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ISSN0916-7048

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Summary:最近の歯科矯正臨床において, 顎関節症を伴う不正咬合患者の数が増加している. 当教室の顎関節症研究グループは, 一般不正咬合患者群と顎変形症群について顎関節症の発現頻度, 顎関節病態, 顎顔面形態, 咬合状態などに関する一連の検討を行ってきた. その結果, 1)顎関節症の発現頻度は, 全患者群で約11%, 顎変形症群では約57%となり, 後者の値がかなり大きい, 2)軽度の顎関節内障, すなわち復位性円板前方転位症例では下顎頭の後方偏位が明らかとなったが, 病態が進んだ円板転位の著しい症例では円板や下顎頭の変形を伴うことが多くなる一方で下顎頭は中央位を占める, 3)一般不正咬合患者群, 顎変形症群のいずれにおいても, 顎関節内障が両側性に見られた場合には下顎骨の後下方回転と後退位, 下顎下縁平面の開大などの形態的特長が示された. また, 片側性に見られた場合には, 下顎骨の左右非対称とオトガイ部(Me)の患側偏位が認められた, 4)前述の形態的特長と顎関節病態は有意の相関を有する, 5)両側群における形態的特長は顎関節構成要素に加わる機械的負荷の増大や不均衡につながる可能性を有する, などが明らかとなった. このような知見に基づいて, 当科では顎関節症の鑑別診断と治療を積極的に行ってきた. 従来の報告において, 臨床診査のみでは病態の正しい診断ができないことが強く示唆されていることから, 何らかの症状を有する不正咬合患者についてはアキシオグラフ(下顎頭運動の検査)と画像検査を行い, 顎関節病態の鑑別診断の資料としている. 現在, 顎関節症については学会による症型分類がなされているが, 若年不正咬合患者の多くがIII型(顎関節内障)を有していることから, これの病態を正しく分類することが重要と考えられる. そこで, 以下に示すWilkesによるステージ分類を用いることとした. ステージ0:下顎頭, 関節円板の位置関係が正常であるもの. ステージ1:関節円板の復位性前方転位のみを有するもの. ステージ2:ステージ1と本質的には同じであるが, 円板転位度がやや大きく, 円板の軽度の変形が認められるもの. ステージ3:関節円板の非復位性前方転位を有し, 円板の変形が進んだもの. ステージ4:ステージ3に加えて, 下顎頭の形態異常(変形)を有するもの. ステージ5:ステージ4に加えて, 下顎頭骨髄シグナルの低下を有するもの. このような基準にしたがって, 顎関節病態の鑑別診断を行った一般不正咬合症例ならびに顎変形症例について, 歯科矯正治療を組み込んだ一連の治療を行った結果, 病態に応じて治療目標を設定し, これを達成するための以下のような治療体系を確立することが重要と考えられた. すなわち, 軽度の顎関節内障(ステージ1, 2), とりわけステージ1の病態を有する症例では円板の整位を目標とし, スプリント療法と歯科矯正治療からなる治療体系が不可欠となろう. なお, このような病態を有する顎変形症において, 円板整位の時期については明確に結論付けられていないが, 術前矯正治療中の病態の進行を考えるならば, 早期にこれを達成する方が良いと思われる. 一方, 非復位性の円板転位(ステージ3~5)を有する症例では, 必要に応じて下顎頭の位置を修正するためのスプリント療法が用いられるものの, 急性の疼痛や開口障害を取り除いた上で安定した咬合獲得のための歯科矯正治療を進める必要があろう. したがって, この場合の究極の目標は顎関節負荷の軽減や生体力学的均衡の獲得にあり, これには安定した咬合状態が不可欠と考えられる. 現在, このような治療はまだ始まった段階にあるため, 症例数を増やすとともに治療結果の長期観察を行うことにより, はじめてその有用性が確認されるものと期待される.
ISSN:0916-7048